ブドウの歴史

ブドウの歴史

ブドウの原産地

現在、生食用や醸造用で生産されているブドウは、ヨーロッパ原産のヴィニフェラ種(Vitis vinifera L.)、アメリカ原産のラブラスカ種(Vitis labrusca L.)、これら両種間の雑種の3種に大別されます。

・ヨーロッパのブドウ

ブドウの誕生はとてつもなく古く、ブドウの化石から判断して、最初のキシテス属が出現したのは白亜紀(約1億3000年前)とされています。新世代第三紀(約1000万年前)には世界中で繁栄していましたが、新第三紀後半から第四紀更新世(約258万年前)にかけての氷河期になるとほとんど絶滅してしまいました。そのなかでアルプスの南西部に生き残った一種が、氷河期後に繁殖し、雌雄異株のヨーロッパ野生種(Vitis silvestris Gmil.)になったといわれています。このヨーロッパ野生種が変化し、栽培型両全花のヴィニフェラ種(Vitis vinifera L.)となり黒海東南岸の小アジア地方に出現し、東南ヨーロッパや西アジア地方に伝播していったと考えれれています。


・アメリカのブドウ

16世紀にアメリカ大陸が発見され、アメリカにもブドウが自生していることが分かりました。アメリカでは氷河期後も多くの種が残り、その中で代表的なのはラブラスカ種で、アメリカ産のブドウでは、最も食用として適した種です。この他に台木用のエースティバレス種(Vitis aestivalis Michx.)、リンケクミー種(Vitis lincecumii Buckl.)、ブルピナ種(Vitis vulpina L.)などがあります。

ラブラスカ種は、アメリカに分布するブドウの中では最も北部の北米大陸の東北部からカナダ南東部に自生しています。別名フォックスグレープ(Fox grape)と呼ばれ、果実に狐臭がし、ワイン醸造に必要な糖度まで上がらないことから品質はヴィニフェラ種に劣ります。


・新しい品種の誕生

ヨーロッパブドウとアメリカブドウは容易に交配できることから、ヴィニフェラ種の優秀な果実品質と、強健で栽培し易いラブラスカ種の特性を狙った新しい交雑品種が育種されるようになりました。



栽培の歴史

・ヨーロッパのブドウ

ヨーロッパのブドウはおよそ3グループに分類されます。1つ目のポンティカ群は、黒海沿岸のグルジア・小アジアに由来し、東ヨーロッパのワイン用品種がこれにあたります。2つ目のオリエンタリス群は、カスピ海沿岸に由来し、主に生食される品種になります。3つ目のオクキデンタリス群は、ヨーロッパ南部、北アフリカに分布し、黒海、カスピ海沿岸のブドウが西進し、それらが野生ブドウなどと交雑して生まれた群と考えられ、「カルベネソービニオン」「ピノー」など重要なワイン用の品種がこれに属します。

人類が文字を発明した時からこれらの地域にはブドウがありました。その証拠として、エジプトでは、紀元前1500年頃の墓には、ブドウの収穫からブドウ酒を作るまでを描いた壁画が発掘されており、ミイラとともにブドウの種子も発見されています。また、旧約聖書の「出エジプト記」にもブドウ畑の記述がでてきます。そして、ギリシャ神話では酩酊の神 バッカスがブドウを発見しブドウ酒を作ったと記されています。

ヨーロッパ各地への伝播は、フェニキア人(古代地中海の東岸に栄えた商業民族)が、ギリシャには紀元前800~700年に、イタリアには紀元前750年頃に、さらにフランスには紀元前600年頃に伝えたとされています。フランスでは四世紀には現在のブドウの産地である、ボルドー、シャンパーニュ、ボージョレーが知られるようになりました。

生食用としては、オリエンタリス群の「マスカット・オブ・アレキサンドリア」がよく知られています。この品種は、北アフリカで古くから栽培されており、紀元前にはギリシャ・ローマにも伝えられたと考えられています。紀元前から存在する品種が、現在でも脈々と栽培され続けていることは奇跡であり、日本ではほぼ岡山県のガラス温室のみで栽培される高級ブドウとして知られています。


 

・フィロキセラの発生と台木の導入

1863年、ヨーロッパではフィロキセラが大発生し、ブドウの栽培史上最大の危機となりました。ヨーロッパの栽培面積220万haのうち、130万haが大被害、または全滅するなど壊滅的な被害を受けました。フィロキセラとは、根に寄生する昆虫で、根の表面にくぼみを作り、この刺激で根粒がつくられ養分吸収が阻害されてしまいます。これにより、ブドウは衰え枯死することもある非常に恐ろしい害虫なのです。

その後、アメリカの昆虫学者であるC.V.ライレイは、1871年にアメリカの野生ブドウにはフィロキセラの抵抗性があることを示したことから、フランス モンペリエ大学のプランション教授は、地中に埋まる台木部分をアメリカ産ブドウとし、その上にヨーロッパブドウを接いだブドウを多く試し、フィロキセラの害を受けないブドウを作ることに成功しました。これにより、人類は品質の良いヨーロッパブドウを絶滅の危機から救うことに成功しました。


・アメリカのブドウ

アメリカの気候は、カルフォルニアを除きヨーロッパブドウの栽培には適した環境ではありません。東部の南よりの地域では夏期の降水量が多く、病害や果実の裂果が多発し、北よりの地域では冬期の温度が低く栽培が困難となります。このため、アメリカ原産のラブラスカ種を交配したブドウ、またはラブラスカ種とヨーロッパブドウを交配したブドウを育種し、アメリカの気候に合うブドウを開発しました。

ラブラスカ種の特性としては、耐病性があるが、フォクシー臭(狐臭)もあるので、香りを重要視するワイン用には不向きです。しかし、耐寒性もあり、降雨にも耐えることから、日本の気候にも合うので、積極的に導入されました。代表的な品種としては、デラウェア、キャンベルアーリー、スチューベン、バッファローなどが挙げられます。

なお、カルフォルニアは夏期の降雨が少ない地中海性気候なので、ヨーロッパブドウの栽培が可能です。ただ、この地を16世紀後半に征服していたスペイン王は、本国でのブドウ栽培が圧迫されることからブドウの栽培を禁止していました。しかし、19世紀になるとブドウ栽培が行われるようになり、現在ではワイン生産が盛んに行われています。



・日本のブドウ

日本では、縄文時代の遺跡である、三内丸山遺跡から多くのブドウの種子が発見されており、古くから食されていたことがわかっています。また土器の形状から推測すると、生食だけでなく、発酵させてワインのようにしていたのではないかとも考えられています。ただ、当時のブドウは、現在のブドウより酸味や苦味があるヤマブドウ、エビズルなので、現在主流のブドウの祖ではありません。

現在のブドウの始まりとも言えるブドウは、山梨で発見された「甲州」です。この由来にはいくつか説があり、1186(文治2)年、雨宮勘解由が現在の勝沼町の山中で発見した説、奈良時代の僧 行基が718(養老2)年、諸国巡礼の際に勝沼に立ち寄り、持参した種子を播いたとする説、中国大陸から渡り鳥によって運ばれたとする説があり、はっきりと由来はわかっていません。

「甲州」は、ヨーロッパブドウのオリエンタリス群の品種がシルクロードを通って日本に伝来する際、様々な野生ブドウと交配を繰り返してきたと考えられています。現在でも生食、醸造用として利用されている「甲州」は、山梨の栽培者によって大事に栽培された歴史あるブドウです。また、江戸時代から昭和初期まで、京都に「聚楽」というヨーロッパブドウが存在しましたが、残念ながら消滅してしまいました。

鎖国により諸外国との交易がほとんどなかった日本は、明治時代になりやっと、諸外国からブドウが導入されるようになりました。しかし、ヨーロッパブドウは降雨の多い日本では「マスカット・オブ・アレキサンドリア」などの施設で栽培される一部のブドウのみしか栽培できませんでした。アメリカブドウは、耐病性があることなどから、日本でも栽培が可能で、「デラウェア」「コンコード」「キャンベルアーリー」などが導入され、日本各地で栽培されるようになりました。

しかし、食味の優れるヨーロッパブドウを日本でも根付かせたいと思う育種家の努力により、ヨーロッパブドウとアメリカブドウを交配した、日本の気候に合った食味優れるブドウが開発されるようになりました。川上善兵衛により育種されたマスカット・ベーリーA、大井上康による巨峰、井川秀雄によるピオーネなどは、代表的な交雑品種です。日本ではヨーロッパのように醸造用の品種はあまり育ちませんが、日本独特の生食で楽しめるブドウが開発され、独自の進化を歩んでいます。

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