旧堀氏庭園

旧堀氏庭園

歴史

堀氏は、近世初期から近代にかけて、銅山などの採掘に従事した銅山師の家系です。特に、第9代堀藤十郎伴義は笹ヶ谷銅山の経営における堀氏の主導的な地位を築き、主屋など主要な建築物を建造しました。第15代堀藤十郎礼造は鉱山を次々購入して経営を拡大し、「楽山」と号して主屋の隣に数寄屋建築の客殿や庭園を造りました。また、労働者や住民のため畑迫病院もつくりました。

旧堀氏庭園は天明5年(1785)建造の主屋の南にある枯山水庭園、明治33年(1900)に建造した数寄屋建築の客殿「楽山荘」の庭園「楽山園」、大正4年(1915)に対岸の傾斜地に石組みして築造した「和楽園」と養魚池、明治末期から大正時代に建設した畑迫病院の外構造園を含む計4ヶ所の園地から成ります。

枯山水庭園は、周囲を漆喰仕上げの土塀に囲まれ、南西部に三尊石風の石組があり、土塀を隠すように高さ2mのイヌマキの生垣があります。楽山園は、背面の岩山から2段の滝石組を築き、高低差を生かした地形を巧みに生かした景観になっています。和楽園は大小4つの池があり、自然の岩盤を生かした滝石組が組まれ、その間を園路が巡っています。畑迫病院は、当初の建築物は失われましたが、増築した建物は現存しています。また、玄関前の円形の築山の遺構や、カイヅカイブキの老木も残っています。国指定名勝 指定面積は6ha


住所・連絡先

住所
電話番号
交通
ホームページ
島根県鹿足郡津和野町巴輝795
0856-72-0010
JR山口線 津和野駅から石見交通バス堀庭園下車 徒歩すぐ
http://www.tsuwano.ne.jp/kanko/modules/gmap/index.php?lid=249

感想

小京都 津和野にある堀庭園に行ってきました。

津和野といっても駅からはかなり離れており、車で行ったので道間違えたかなとかなり不安になりました。「旧堀氏庭園」とは、主屋前枯山水庭園、楽山園、和楽園、畑迫病院庭園の4ヶ所から成っていますが、畑迫病院は離れた場所にあり、旧堀氏庭園の一部であることを知らなかったので今回は残念ながら行けませんでした。

ここの見どころは何と言っても楽山園です。この庭園を一目見ただけでこの美しさに多くの人が魅了されることと思います。鮮やかな植栽とそれを引き立たせる岩山との対比が見事で、池は園内に落着きと潤いを与えてくれます。庭園内も散策することができ、楽山荘を背景に庭を見ると、これもまた浪漫がある雰囲気となり、庭に味がでます。これと比べると、主屋の枯山水庭園や和楽園はちょっと見ごたえが落ちるのは残念です。

今まで観賞した庭園で一目見て魅了されたのはここと、三重の北畠氏館跡庭園だけです。両庭に言えるのは本当に奥まった秘境といえるような場所にあることです。人があまり訪れない場所には、作庭する上でなにか人知を超えたものがあるのかもしれないですね。


写真(クリックすると拡大します)


旧堀氏庭園 旧堀氏庭園 旧堀氏庭園

楽山園入口

主屋

主屋前枯山水庭園

旧堀氏庭園 旧堀氏庭園 旧堀氏庭園

主屋前枯山水庭園

楽山園

楽山園

旧堀氏庭園 旧堀氏庭園 旧堀氏庭園

雪見灯篭と橋

楽山荘

二段滝石組

旧堀氏庭園 旧堀氏庭園 旧堀氏庭園

和楽園入口

和楽園

和楽園

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岡山 太陽のそばの果樹園
〒716-1131
岡山県加賀郡吉備中央町上竹688-2

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