旧万徳院庭園

旧万徳院庭園

歴史

万徳院は、天正2年(1574)頃にこの地を治めていた毛利元就の孫である吉川元長が、宗派にとらわれない「諸宗兼学」の寺として建立しました。当初は小規模でしたが、天正15年(1587)に元長が死去すると、弟の広家が吉川氏の菩提寺にするため、参道、庭園、建物の増築などの大改修を行いました。その後、慶長5年(1600)に吉川氏が山口県岩国市に移封されると、万徳院もこれに従い移築されました。

境内は、東西80m、南北45mあり、平成3年(1991)の発掘調査で、本堂、庫裏、風呂屋、水道施設、庭園、炭窯などの遺構が発掘され、当時の生活や技術を推測する上で貴重な資料となっています。庭園は、谷川を利用した池庭で、南北30m、東西12~18mの楕円形をしており、中央に中島を配しています。国指定名勝。


住所・連絡先

住所
電話番号
交通
ホームページ
広島県山県郡北広島町大字舞綱字万徳
050-5812-1864
中国自動車道 千代田ICから車で20分
http://www.kitahiro.jp/shiseki/mantokuin.html

感想

山あいのかなり淋しい場所にある「旧万徳院」に行ってきました。

人気の無い山道を車で走って行くと、急に駐車場とガイダンスホール「青松」が現れます。この「青松」は、本堂をモデルにして造られた展示施設で、出土品などを見ることができます。この先に230mもの参道を歩いて行くと、寺院の跡地が見えてきます。参道は緩い上がり勾配なので、夏は大変だと思います。

ここは寺院の遺構のため、建物は復元された風呂屋のみです。周囲は山しか見えないので、少々殺風景な姿に戸惑います。雑草も多いため、最初は池庭がどこにあるのかわかりません。よく見ると、池というより大きな水たまりがあり、奥に土盛りされた中島や石組が見られます。本堂跡地の奥には、坪庭風小庭もありますが、笹や雑草が繁茂して石組の姿がはっきりわかりません。残念ながらここは庭園を楽しむところでは無く、当時の生活や技術を知る上で貴重な遺構であることを認識した上で訪れたほうが良いでしょう。


写真(クリックすると拡大します)


旧万徳院庭園 旧万徳院庭園 旧万徳院庭園

ガイダンスホール「青松」

入口

参道

旧万徳院庭園 旧万徳院庭園 旧万徳院庭園

石垣(奥に遺構)

遺構

池庭

旧万徳院庭園 旧万徳院庭園 旧万徳院庭園

中島と石組

坪庭風小庭

復元された風呂屋

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岡山 太陽のそばの果樹園
〒716-1131
岡山県加賀郡吉備中央町上竹688-2

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